Limaoの中国裏事情ブログ

早稲田大学卒業、東洋大学大学院中退、2015年中国は湖北省の武漢大学に語学留学、2016年現地企業のサラリーマンを経て帰国。その後はフリーランスの日中翻訳者として東京を拠点にタイや台湾などでノマドワーカーしてます。 日本にいてはなかなか分からない中国大陸や台湾、香港などの実際のありさまをレポートします。中国語や台湾語の学習情報も更新していく予定。乞うご期待!

中国人はマナーが良いのか悪いのか、また中国人にとって「孝」とは何か?

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今でも中国人の道徳の中心に聳える孔夫子

 

よく中国人をdissる日本人の論者は中国人の素行が悪く、列の割り込みや平気で地面に痰を吐くなどの人前でのマナーの悪い行為を指摘するものがいます。筆者も大陸で数年生活し、その後も中国人とビジネスを続けている経験があり、また香港、マカオ地区や台湾地方などの情勢も知っているので、この面についてはある程度事実に近いと言わざるを得ないでしょう。数年前、香港の空港で荷物を機内に預ける際、中国人旅行客(女性二人)に後ろから割り込まれ、それを香港地元の職員が冷たい目で制止したのを今でも覚えています。その女性二人は全く悪気はなさそうでした。

 

まず、日本と中国では環境が違い、常識がそれに伴って違うということを理解しておく必要があります。長きに渡った日中戦争と、新中国成立後の幾度もの政治的動乱で、中国大陸は混乱状態が続き、社会的基盤が破壊されたという事情があります。それに中国では社会のある側面ではマルクス主義的価値観が今でも続いているので、それが悪く出るとサービス業のやる気なさ、態度の悪さ、社会人や勤労者の横着と怠慢に繋がります。そもそも中国大陸の歴史は雄大であり国土は地大物博で、生存競争の厳しい一方あまり細かいことには拘らない気風が歴史的に育ってきました。結果、独自の慣行や慣習が社会で常態化し、それが外国人の前では悪い方面で目に付きやすいという事情があります。

 

先程述べた香港の空港の割り込み女性たちも今思えば悪いことをしているという意識は全くなさそうであり、むしろ中国では当たり前の常識で行動した結果、本人らの意図と反してその場で不適切な行動を行っただけのような気がします。

 

一方で、非常に教育を重視する中国では、学歴があるものほどマナーにこだわり、少しでも人間としての教養を高めようとする名誉心が非常に強く、彼らは自国民の海外での評判を知っているだけに、教育を施してくれた自分の親に対する名誉の義務と国家の名誉を守るという強烈な愛国心のため、恥ずべき行いは絶対にすべきでないという激しいまでの道徳観を持っています。これは人目や世間体を気にする日本式の道徳とも、欧米のキリスト教的な道徳とも違い、伝統的な儒教精神がいまだ活力を持って「士大夫」(社会のエリート)の徳目として残っているとも考えられます。

 

先日、アモイ出身のある中国人青年と夜いっしょに道を歩いていたのですが、彼は路端に落ちている財布を見つけると拾って警察に届けようと主張しました。財布からは既に紙幣が抜き取られており、誰かが落としたものをネコババした形跡がありました。わたしは関わり合いになると面倒なだけだからそのまま同じ場所に放置しておいてはどうかと主張しましたが、彼は持ち主に届けるべきだと頑強に主張し、結局自分の携帯で警察に通報して雨の中警官が自転車に載ってのろのろ来るまで一時間待っていました。

また、わたしが居酒屋で酔いつぶれてベンチで横たわって潰れていた時、明日面接を控えているのに深夜自転車でかけつけてくれて、胃薬とホッカイロを持ってきたりしてくれたこともあります。

 

しかし、彼が素行の良い人物かと言うとそうでもなく、かなりヤンチャな若者で、日本の文化で育っていたら確実にヤンキーになっていたような豪放な男です。では、なぜそこまでしてくれたかというと、やはり「両親の名を辱めたくないから」ということなのです。

 

そもそも、人間の父母への愛情は自然なものですが、これを道徳の基盤にして政治哲学を組み上げたのが孔子(孔丘、字は仲尼、紀元前552年または紀元前551年 -紀元前479年)です。最初の中華帝国である始皇帝秦王朝は初め法家思想の韓非子の理論を採用して強権政治を行っていたのですが、社会の下層出身の劉邦がこれに替わって漢王朝を興すと、国家の権威付けのため儒教を採用しました。その後、儒教は国家の正当なる思想として国教化し、歴代中国の政治思想を強烈に支配します。儒教国家の下、律令(刑法と行政法)では親に暴言を吐いたり、暴力を振るうだけで、死刑も含めた重い刑罰が庶民に課されるように定められました。これらが何千年も続いた結果、中国では「孝」の道徳は至高かつ最上のものとされるようになります(『中国の孝道』桑原隲蔵 講談社学術文庫)。

 

中国人に対して絶対に使ってはいけない言葉に脏话 zang1hua4 というものがあります。使えば本人の人間性も疑われるという激しい罵り言葉です。ネット上で悪用されないため詳述は避けますが、✗你妈という形をとったり、アルファベットで✗✗✗と表記されたりします。意味は端的に言えば「お前の母親を犯すぞ」というものですが、この言葉の中国人に与えるショックは想像以上です。もし面と向かってこのように面罵すれば、相手によってはその場で殺傷事件にも繋がりかねません。これも母親への愛情を至上のものとする中国人の価値観が現れているとも言えますが……(読者の方はどこかで調べても実際には絶対に使わないようお願いします)。

 

あえて言うなら、苛烈を極める競争社会で、日本では考えられないほど詐欺事件なども多く、生き馬の目を抜く中国社会で唯一無償の愛を提供してくれるのは両親、特に母親だという中国の実情が伝統的な「孝」の精神を強化しているようです。

 

かといって、やはり多くの中国人のマナーが悪いのは事実であり、年配の世代や教育程度の低い世代ではその傾向が歴然とあります。しかし、マナーが良いことで知られる日本人の中にもいわゆるDQNと呼ばれる連中や、人間性に問題のあるものはどこにでも見受けられますし、やはり国籍で人を区別したり差別したりするのは、前提として間違っていると言わなければならないでしょう。

 

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